数多の名馬を世に送り出したレース
関西を戦場に据える2歳馬にとってレース馬の王座を賭けた戦いとして1949年に創設されたのが阪神3歳ステークスです。
数多の名馬を世に送り出したこのレースは、牡牝混合であったものから両馬の王者・女王を決定するため、1991年に牝馬限定レースへと改正されました。
その後、阪神3歳牝馬ステークスとして今に至っています。
2歳馬の頂上対決であるこのレースのレース改正については、地方の大井競馬場で開催されている東京3歳優駿牝馬に習ったものと言われております。
そしてレース馬の年齢を国際基準に則ってそれに照合して、2001年から競技名を阪神ジュべナイルフィリーズと改め今のレースに至ります。
40年続いた阪神3歳ステークスのときには関西の王座決定戦であったこのレース。
ミスオンワード、コダマ、エイトクラウン、マーチス、キタノカチドキ、テンポイントなど関西出身名馬にとって、ここから新たな世界へ飛び出すための登竜門であり、1954年にJRA賞が設けられて37年もの間に18頭もの優勝馬を世に送り出しており、最優秀3歳牡馬または最優秀3歳牝馬に表彰されるレジェンドレースともいえました。
その後GIとして昇格しましたが、3歳混合レースとなったこの戦いの勝利馬はその殆どが数奇な運命をたどり、牝馬限定戦へとレース改正が行われるまで、GIで勝利したのが唯一サッカーボーイだけ。
目覚しい活躍劇も見られないまま、1991年には牝馬限定戦へとレース形態を変えていきます。
タグ
2011年8月3日 | コメントは受け付けていません。|
カテゴリー:重賞レース

